歴史的な絆

  • Aston Martin partner bg 2

ジャガー・ルクルトとアストンマーティンは、飽くなきエクセレンスの追求と明確な革新の精神という、最上級の価値観を共有しています。

この2つのブランドは、1920年代初頭に誕生した共通の歴史に、更なる彩りを添える必要性を感じていました。1914年に勃発した第一次世界大戦の影響により、腕時計の著しい減産を余儀なくされた時計製造業者らが、事業の多様化を迫られていた時代、エドモンド・ジャガーは、自動車産業における精密機器の分野でブランドの名声を築きます。LeCoultre & Cie(エドモンド・ジャガーとの共同)は、追い風に乗り他の技術分野へと進出し、新たな活路を模索します。そして1920年には、ルクルトとジャガーはすでに20,000台以上もの計器をイギリスに輸出していました。その1年後、ジャック・ダヴィド・ルクルトとパリのジャガー社の出資者が、協力してイギリスにささやかなアトリエを開設すると、1925年までに、自動車用の計器を専門とするマニュファクチュール「Ed Jaeger London Ltd.」へと生まれ変わります。僅か数年の間に、世界有数の自動車メーカーの代表的な納入業者となったジャガーは、瞬く間に、当時の最高級車のほか、スポーツタイプのほとんどの自動車に自社製の計器を搭載することに成功します。こうして、当時、自動車レースを制したレーシングカーの95%には、ジャガー製の計器が搭載されていました。この分野でのブランドの絶対的支配が、全く衰えることなく時代を超えて受け継がれると、必然の帰結として、アストンマーティンはマニュファクチュール ジャガーに対し、数々の栄光に彩られたLM 1,5 L 車のダッシュボードへの装備を依頼します。 

ジャック・ダヴィド・ルクルトほか、自動車および航空用機器の開発において中心的役割を担ってきた人物らがこの世を去ると、ジャガーとの関係は徐々に衰退の一途を辿るようになり、遂には第二次世界大戦の終戦を機に、ル・サンティエ での自動車部品の製造に終止符が打たれました。高級時計を代表するブランドと、伝説のレーシングカーとの出会いが、運命によって導かれることは時間の問題でした。そして、この2つの代表格ブランドは、2004年に比類なきウォッチコレクションを共同で開発することを決定します。